大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1084号 判決

控訴人 野村商事株式会社

被控訴人 川上商事株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(双方の申立)

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

(事実関係)

被控訴代理人は、請求原因として、控訴人は昭和三五年五月二日金額二八万〇二八〇円、支払人訴外安野敷物株式会社(以下安野敷物という)支払期日同年八月二〇日、支払地堺市、振出地泉大津市、支払場所株式会社三井銀行堺支店、支払を受ける者控訴人なる為替手形一通を振出し、右提出日に安野敷物の引受を得た上拒絶証書作成義務を免除して裏書の上これを訴外具頭富次に被裏書人欄を白地で譲渡し、被控訴人は右具頭より右手形の交付譲渡をうけて右被裏書人欄を自己と補充しその所持人となつた。そこで被控訴人は支払期日に支払場所において適法に右手形を呈示して手形金の支払を求めたところ、これが支払を拒絶された。

そして右安野敷物は右手形の支払期日前に支払を停止し銀行取引も解約していたのであるが、その後内整理の結果債務の五割四分を各債権者に配当することになつて被控訴人も右手形につき昭和三六年一月二〇日その配当として金一五万一三五一円の支払を受けたので、振出人兼裏書人たる控訴人に対しその残額一二万八九二九円及びこれに対する訴状送達の翌日(昭和三五年一二月七日)より手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求めるため本訴に及んだと陳べ、

控訴代理人は答弁として、被控訴人主張事実中被控訴人主張の本件手形の振出引受、裏書、呈示支払拒絶の点及び安野敷物が内整理をなし一五万一三五一円を被控訴人に支払つている点は認める。と陳べ、抗弁として、

一、被控訴人は訴外安野敷物に対し内整理による五割四分の配当を受けとつて、残余の手形金について免除し、且つ控訴人に対しても本件手形残金を請求しない旨約したから控訴人は本件手形残金の支払義務がない。すなわち、安野敷物は内整理をなし被控訴人に対し昭和三五年一一月一八日五割四分の配当金すなわち本件手形金中一五万一三五一円の支払のためにその第二会社である訴外共立物産株式会社引受の額面金一五万一三五一円、満期昭和三六年一月二〇日、振出人、受取人共に被控訴人なる為替手形(乙第一号証の二)を交付し、その際被控訴会社代表者川上進一、訴外具頭富次、訴外安野敷物代表者安野由太郎間に示談成立し、被控訴人は右第二会社引受の為替手形が期日に支払われたら本件手形を右第二会社に返却する旨約し、且つ控訴人に対しても本件手形金を請求しない旨約した。そしてその後被控訴人は右期日に右手形金を受領したのであるから、被控訴人は安野敷物に対してはもちろん控訴人に対しても、もはや本件手形残金について権利を有しない。

二、かりに然らずとするも、訴外具頭富次は被控訴人に対し本件手形金について物品並に現金で支払つているから、被控訴人は控訴人に対し、本件手形残金を請求する権利はない。

と陳べ、

被控訴代理人は控訴人主張の右抗弁に対し、

一、控訴人主張の安野敷物及び控訴人に対する免除の事実は否認する。控訴人主張の抗弁一、の事実中、被控訴人が訴外安野敷物より控訴人主張の第二会社引受の為替手形を受取りその手形が決済されることにより配当金を受取つたことは認めるがその余の事実は否認する。すなわち控訴人は被控訴人に対し本件手形上の責任を果すといつていたこと後記のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対する権利を留保したまゝ訴外安野敷物より本件手形金の一部を受領したまでで、訴外安野敷物に対しても本件手形残金を免除したものではない。

被控訴人が安野敷物より前示配当金支払のための控訴人主張の為替手形を受領する際に右配当手形金が完済されたら共立物産株式会社に本件手形を返還する旨記載した手形受領証(乙第一号証の一)を差入れたとしてもその趣旨経緯は以下述べるとおりであつて、控訴人主張のように本件手形残金について訴外安野敷物又は控訴人の債務を免除したものではない。すなわち、

(イ)  控訴人は安野敷物に対し本件手形金相当の商品代金債権を有していたので、その支払をうけるために右手形を振出して安野敷物の引受を得たが、一方控訴人は訴外具頭富次に対し右手形金相当の商品代金債務を負担していたので、右手形を同人に裏書譲渡したところ、右具頭は右手形を被控訴人方で割引をうけて満足したものである。

本件手形(甲第一号証)を被控訴人が取得したのは昭和三五年五月二日(振出日附)であるが、その満期前の同年五月末頃引受人安野敷物が倒産し、控訴人らが債権整理委員となつて内整理を進め、控訴人と引受人との間の手形債権(本件手形を含む)の四割四分は昭和三五年中に、一割は昭和三六年一月より昭和三七年一二月までに返済し、以上五割四分の支払により控訴人は安野敷物に対する残債権を免除する。本件手形は当時満期未到来で控訴人より他に裏書譲渡してあるので、この手形については控訴人において別途所持人に対しこれを支払決済する。との話合がなされていたのである。

(ロ)  被控訴人は当時何らの通知をうけておらず右事情を知らなかつたのであるが、後日引受人訴外安野敷物が倒産したことを知つてこれに催告したところ、昭和三五年六月二四日右訴外会社より右報告をうけたものである。

(ハ)  よつて被控訴人はその後控訴人に対しても催告し控訴人は被控訴人に対し支払期日(八月二〇日)には控訴人が決済することを約していたが、控訴人はこれを履行しないので、更に交渉をつゞけていた。そして同年一一月一八日に至つて訴外安野敷物が控訴人主張の第二会社引受の為替手形でその一部を支払をなすに至つたものである。

(ニ)  以上のとおり引受人の五割四分の配当は既に控訴人と引受人との間で昭和三五年六月二四日以前に決定されており、本件手形の裏書人たる控訴人は所持人たる被控訴人に対し別途に本件手形金を満期に、又はその後引受人の配当金支払までに完済することになつていたのである。それ故控訴人が本件手形の満期日に又はその後引受人の右配当金支払までに被控訴人に本件手形金を完済すれば、被控訴人は当然控訴人に本件手形を返還する。控訴人が被控訴人に本件手形金全額を支払つても、引受人に対しては本件手形額面の四割六分は請求しえず、貸倒れ損失となるが、これは控訴人が本件手形の振出人として又訴外会社と直接商取引の相手方となつた関係上訴外会社の整理案に同意した以上やむを得ないところである。また、被控訴人は訴外会社より配当金支払のための右手形を受取つた後も控訴人より本件手形金の四割六分相当の残金を受領すれば、本件手形に「内金領収」をなした後五割四分の配当手形の決済と引換に本件手形を共立物産を通じ訴外安野敷物に返還するのである。これを要するに訴外人よりの配当金を受領することだけで安野敷物や控訴人らに対する本件手形残金の請求を無条件に免除したものではない。以上のとおりで被控訴人は訴外安野敷物より右配当金の支払を受け残額について、事実上同訴外人に対し更に請求しないとしても、それだけで、合同責任を負う控訴人の責任を免除するものでない。

三、控訴人主張の抗弁二、も否認する。具頭については昭和三五年一一月一日被控訴人及訴外松原永造が具頭の動産一九点について競売をし((被控訴人は本件手形の原因たる金銭債権(金額本件手形の額面どおり)について具頭を債務者、債権者を川上進一個人(被控訴会社代表者)名義で公正証書を作成し、これにより執行をした))、被控訴人は九、四一〇円の配当金を受領した。而して右配当金は執行費用等に四、一五一円を充当し、残五、二五九円は昭和三五年一〇月一一日までの損害金七、四〇一円の内金に充当したのであつて、元金には全然入つていない。その他同人より金銭又は物品で弁済をうけたことはない。

と陳べた。

証拠関係〈省略〉

理由

一、被控訴人主張の本件手形についてその主張の振出引受裏書支払呈示支払拒絶がなされたことゝ支払期日後に引受人訴外安野敷物より被控訴人に対し内金一五万一三五一円(五割四分)が支払われたことは当事者間に争がない。そして控訴人が右手形裏書に際し拒絶証書作成義務を免除したことは成立に争のない甲第一号証によつてこれを認めうる。

二、よつて控訴人主張の抗弁について考えてみる。

(一)  控訴人は引受人が右内金の支払をした際被控訴人は同人に対し残額を免除し且つ控訴人に対しても残額の請求をしない旨約したと主張する。思うに為替手形の裏書人は裏書の当時において有効に存在せる引受人の手形債務がその後に支払、免除等の事由により消滅したときは右手形所持人の償還請求に応ずる義務がないから(大正一〇年九月九日大審院判決民録二七輯一五二八頁)裏書後所持人が引受人に対しその手形上の債務を免除したときは特に裏書人に対する免除の特約をしたと否とをとわず、裏書人は当然所持人の償還請求に応ずる義務がない。

すなわち、所持人の引受人に対する有効な免除が認められる以上裏書人に対する免除の特約の認められない場合でも、裏書人は免責されるものといわねばならない。そしてもし、免除をなした当事者が別に特約を以て他人の償還義務が消滅しないことの合意をなしたとするも主たる債務消滅の結果消滅したる他人の償還義務を復活せしめることを目的とするものでその無効たるや固より論をまたない。もしまた所謂免除契約にして特約により手形上の主債務を消滅せしめることなく、少くとも償還請求権存質のためその効力を持続する趣旨なりとせば名は免除契約であるとするも法律上は免除契約ではない(更改につき同旨大判昭和一〇、六、二六裁判例(九)民一七七頁なお遡及権留保の無効なるがために免除の無効となる場合につき昭五、六、一二大判、裁判例(四)民五九頁参照)。それは手形の遡求権を保留してただ手形の主債務者に対してこれ以上は裁判上の請求しない旨(任意債務とする趣旨)の契約にすぎないものと解さねばならない。そしてこのような契約は法律上固より有効で、この場合裏書人の償還義務に何ら消長を来さないこというまでもない。)そこで先づ控訴人主張のような引受人安野敷物に対する免除があつたかどうかについて判断する。

各成立に争のない甲第一、二、三号証乙第一号証の一、二原審における控訴会社代表者本人の供述により成立を認めうる乙第一号証の三に原審証人川上英雄同明賀之彦の各証言同控訴会社代表者本人の供述(各一部)に弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることが出来る。すなわち(イ)訴外安野敷物は本件手形の満期前の昭和三五年五月頃手形の不渡を出し内整理に入り、(ロ)控訴人は従来右訴外会社と商品売買取引があり、その債権者の立場にあり、本件手形も右訴外会社より控訴人に対する代金支払の為に同訴外会社の引受を得たもので、控訴人はこれを自己の債権者(商品仕入先)たる訴外具頭富次に裏書(白地式)譲渡し、被控訴人は右具頭に対し金員を貸与して本件手形の振出日に同人より本件手形の交付譲渡をうけたものである。(ハ)控訴人は被控訴人より前に本件手形の引受人訴外安野敷物の倒産を知り自らその整理委員となり、訴外安野敷物との間に安野敷物に対する債権について五割四分の配当をうけ残額を免除することを約し、且つ自己の裏書する同訴外会社の引受手形については自己が所持人に対し別途自ら責任をとる旨約していた。(ニ)ところで、被控訴人は安野敷物より何らの通知をうけていなかつたので右事情を知らなかつたが、同会社に本件手形金の請求をして昭和三五年六月二四日頃右(ハ)の事情を知り、控訴人に交渉したところ、控訴人は満期には本件手形金を支払う旨いつていたので、被控訴人はそれを期待していたが、履行されず本件手形を呈示したが、引受人より支払を拒絶され、満期後も控訴人に対しその支払方請求していた。(ホ)他方控訴人は本件手形について被控訴人より支払方催告をうけて責任を感じ、昭和三五年八月下旬(本件手形の満期直後)頃自己の直接債権者である訴外具頭富次に対し他の自分の振出裏書する為替手形(新手形)と本件手形を被控訴人において交換してくれるよう依頼したが、被控訴人はこれを承知すまいということであつたので控訴人は同訴外人に対し満期昭和三五年一〇月二八日金額本件手形と同額の支払人日鐘繊維工業所代表者具頭富次とする自己指図式為替手形を振出し且つ支払人の引受を得、自己の裏書をした上これを同人に交付して他でこれを割引いて現金で被控訴人に本件手形金を支払つてくれるよう依頼したが、同訴外人はこれを割引いた金を自己のために使つてしまい被控訴人には支払をしないまま所在をくらましてしまつた。(ヘ)被控訴人としては右(ホ)の事実は一切知らず右(ハ)(ニ)のいきさつから控訴人に対して本件手形金は請求しうるものと信じ控訴人に対する遡求権を保留していたが被控訴会社代理人(社員)川上英雄が同年一一月一八日訴外共立物産株式会社より同会社引受にかゝる控訴人主張の一五万一三五一円の為替手形(以下配当手形という)を本件手形金の五割四分すなわち一五万一三五一円の支払のために交付をうけ、右配当手形金が支払われたら引受人に対してはそれ以上(即ち本件手形残金)は請求しないが、控訴人に対する責任は保留する趣旨でこれが交付をうけたこと(被控訴会社代表者本人が直接これに関与したものでない)、そして右配当手形金はその後支払われ、被控訴人はその際右配当手形は返したが、その時も本件手形の返還の請求をうけず、現にこれを所持していること、もつとも右乙第一号証の二によれば配当手形決済がすめば本件手形を返還する旨附記されているが、右文言からみれば右配当金の支払さえあれば本件手形を無条件に返還する旨約した如き観がないではないがそのような趣旨の契約はなされていないことは原審証人明賀之彦(記録九〇丁裏)同川上英雄の証言(各一部)によつて明かである。そして右認定事実からみると被控訴人は本手形の主債務者安野敷物に対し控訴人に対する遡求権を留保し右配当金を受取ることにより、残金については裁判上安野敷物に対し請求しない旨約したに止り、控訴人に対する遡求権の消滅の効果を生じる如き免除はしていないものといわねばならない。(引受人に請求せず振出人、裏書人に請求するという場合の所持人の真意は引受人に対する免除ではない。)

右認定にていしよくする原審証人野村光雄、明賀之彦、川上英雄の各証言原審における控訴会社代表者野村昌平の供述部分(各一部)は措信出来ず、他に右認定をくつがえし控訴人主張の安野敷物に対する免除を認めるに足る証拠はない。

右の如く引受人に対する免除が認められない以上、次に被控訴人が控訴人主張の如く安野敷物、具頭富次との間に控訴人に対して本件手形金を請求しないことを約したか否かが問題となる。原審証人野村光雄の証言、控訴会社代表者の供述中(各一部)右控訴人の主張にそう供述部分は後記証拠にてらし措信しえず、他に右控訴人主張事実を認めるに足る確証はない。却て前示甲第三号証、原審証人川上英雄の証言を綜合すれば被控訴人は何人ともかゝる特約をしていないことを認めることが出来る。

以上の次第で控訴人の抗弁一、は採用出来ない。

(二)  次に控訴人主張の二、の訴外具頭よりの弁済の点について検討するに、本件にあらはれた全証拠によるもこれを認めることは出来ない。

三、結論

してみれば控訴人は本件手形の遡求義務者(振出人兼裏書人)として所持人たる被控訴人に対し手形残金及び満期後であること明白な昭和三五年一二月七日(本件訴状送達の翌日が右日であることは記録上明か)以降右完済迄年六分の割合による法定利息金の支払義務あること明かで、これを認容した原判決は結局正当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例